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美味しいものを食べておく

この所、堅い話ばかり書いているので、たまにはオーストラリアで食べた美味しいものについてお話をさせて貰おうかな?って思います。

単に美味しいものは「お金さえ出せば」食べる事ができるものなので、「B級グルメ」について書いちゃおうかと。

■ミートパイ
まず、渡航直後のホームステイ先で出された「ミートパイ」との出会いが凄かった。
最初口にした時には「なんじゃこれ??」って思う食べ物だったのですが、オーストラリア歴が長くなれば長くなるほど「恋しい」食べ物に変身しちゃってました。
コンビニに暖めて置いてあるミートパイから、街のデリで売っているミートパイまで何度お世話になったことか?美味しいミートパイは、皮がサクッとしていて中のビーフソースがトロ?リと良い味出してます。それにケチャップを塗って食べます。$4程度

■ビザ
日本に比べて、安くて旨いものって言えばピサ。オーストラリアでピザを食べたら、「小さくて高い」日本の宅配ピザが食べられなくなりました。特に大好きだったのが、メルボルンの 「ラ ポケッタ」。メルボルン在住の人にとっては「ピザを語るにおいて常識」みたいなお店です。
South Yarraに住んでいた頃、帰宅の際にトラムストップから店へ直行。Take Awayして家で食べてました。いつも「オリジナルピザ」を注文してましたが、上に載っているソーセージのジューシーさが堪らなく・・・。でも、生地を良く味わうと「鰹節」っポイ味がするのも特徴です。
あれは本当に「鰹節」なのかな?? ピザ1枚 $11程度

■ステーキ
そらぁ、金さえ出せばブラドスとか高級なステーキは幾らでもあります。でも、俺が大好きだったステーキハウスはIvanhoeにある「Ivanhoe Tarvan」って言う小さなお店。無性に「ステーキをがっつきたい!」と思った時に車飛ばして行ってました。ここはステーキでフルコースが楽しめてしかも安いので結構利用してました。スープ(ミネストローネ)とサラダ、そして串焼きのソーセージとステーキがワンプレートに乗って出てきます。そしてデザートと飲み物が付いて来ます。ボリューム満点でステーキを焼いている白髪のオジサンもフレンドリー。
コース1人 $20程度だったかな?

■餃子
何処の街にもチャイナタウンはありますから中華料理には困ることはありませんが、お店も沢山あるので何処に入るか?で困ってしまう事は多々あります。
幾つは店に入ったけど、リピートするお店って言うと「餃子」の美味しい店になってしまいます。日本の餃子よりもやや丸みのある餃子ですが、味は日本の餃子と変りません。
やっぱり、中華料理屋へは大勢で出掛けていろいろ食べるのが美味しい訳で、勘定も控えめで済むのが良いですね。 5人で行ったら一人$15程度で納まります。

■Hoe(ベトナム風肉うどん)
当たり外れの大きいのがこれ。スープ(ダシ)の問題なんだと思います。
メルボルンとブリスベンとで味比べをしましたが、総じてメルボルンの店の方が美味しかったように思います。良く通ったのは、SwanstonとLt Bourkeの角(銀行横)にある肉うどん屋さん。ここには随分お世話になりました。具もこれでもか!とモヤシや香草を乗せて食べてたんですけど、ブリスベンのお店は既に乗っているだけしかなかったのが淋しかったです。
1杯 $10前後

■ソブラキ
ケバブとも似ていますが、ソブラキはギリシャ料理で肉を横にして回しています。しかし、ケバブはトルコ系の料理で肉を縦にして回しているのが違いみたいです。どちらも吊るした肉を削って生地に乗せ、その上にレタスやトマト、玉葱などをおいて包んだ食べ物。私はいつもラム肉でガーリックヨーグルトソースをかけて楽しんでました。(ニンニク臭くなるのを気にしながらも欲に完敗) 上手に食べないと底からソースや肉汁がこぼれて来ます。
トッピングも自由に決めれるので、自分好みの味が作れます。 一本 $6前後

と、ここまで書いたのですが、思い出せば思い出すほど書きたくなるのでここで止めておきます。それと同時に「たべたい!!」って思ってきました。

これからオーストラリアへ向う方、是非お試しあれ。
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天網恢恢疎にして漏らさず

このニュースをオーストラリア移住へ夢を託しながらも非情にも裏切られた人々が、どの様な想いで読まれているのでしょうか?
この事件の発端はメルボルンから始まりました・・・。今から8年も昔の事になります。

■■「私は国際弁護士」 英語が得意な元英会話講師を詐欺で逮捕■■

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080118/crm0801182355039-n1.htm

逮捕された人物はメルボルンでも有名な詐欺師でした。警察が同様の手口でだまされている可能性もあるとみて余罪を調べていることでしょうが、間違いなくオーストラリアで起こした詐欺事件についても追求が及ぶ事と思います。

彼は、かつてメルボルンにある某法律事務所の「日本人通訳」として働いていました。しかし、彼の部屋はまるで弁護士そのものが利用するような立派な個室で、彼自身が「通訳」と言わなければ誰もが「法律事務所に勤めている日本人弁護士」と勘違いしてもおかしくありません。いつから彼が「弁護士」として活動するようになったのかはわかりませんが、当時でも日本人弁護士がオーストラリア国内では少なかったので、彼を頼りに数多くの人々が相談に訪れた事かと思います。現地で発行されている日本語新聞にも彼が「日本人弁護士」として紹介される事もあり、彼を講師に招いた講演会も主催されたりしていました。

彼には昼は「日本人弁護士」と呼ばれて活躍する一方で、夜は「日本人向けのクラブ(飲食店)」を経営する青年実業家の一面も持っていました。昼も夜も「成功者」として羽振り良く活躍する彼の元に多くの人が集まり、彼の店には日系企業の駐在員や日本人の名士等が集まる社交場として大いに繁盛していました。私も友人に連れられて「日本人向けのクラブ」へ足を運んだことはありましたが、そこで働いている女性達には「将来オーストラリアに移住したい」と言う希望を持っている子も少なくなく、彼の元で働くことで移住に有利になると期待していたんだと思います。中には私がお世話をさせて頂いた学生の顔もチラホラと見えました。
横に座ってお酌をしてくれる女性が「永住権が取りたいからここで働いている」と言うので、「え?それで永住権が取れるの?」と問い返しましたが、「バックに弁護士がついているもの。イミグレにコネもあるそうだしね。」って意味深に言われれば、「そう言うものなのか??」と。お酒の上で話なのでそれ以上は聞くことも無く他の話題に移りました。

私が知っている人にも彼に移住手配を依頼して騙された方がいます。もっともらしい話を作り上げて、彼女にメルボルンで事業を興すように薦められました。彼女は、私の職場の隣に部屋を借りて事業を興したので、時々彼が訪問するのを見かけて廊下で互いに挨拶を交わす位にはなっていました。いつも慌しくやって来ては、途中で何度も廊下に出て携帯電話でヒソヒソと話しをしている様子。如何にも忙しそうで、やり手弁護士たる風体を漂わせていました。
彼は彼女の移住に向けた資金を「私が管理している方が移住申請の際に有利だから」云々と言葉巧みに彼女の資金を彼の個人口座に振り込ませていたそうです。今思えば、そうやって如何にも説得力のありそうな話で多くの人から大金を募り私腹を肥やしていたのではないか?と想像できます。
また別の日に街で彼を見かけたのですが、書類が沢山入った茶封筒とオーストラリアの弁護士が法廷に立つ時に被る「かつら」を手に持っていました。私が声を掛けると、「今から法廷」と言って急ぐように信号を渡って去っていきました。これも非常に用意周到な演技だったのだと思います。その格好でメルボルンの街を歩き回り、多くの人に「弁護士」と思わせていたのだと思います。私もまんまと引っ掛かっていました。

ある日、「ホープコネクション」と言う よろず相談所 みたいな団体に在籍している相談員の方から電話を貰いました。「彼は弁護士資格を持っていない事をご存知ですか?」と。最初は冗談かと思いました。彼の名前が世に知られるようになって、彼を批判する人の声も耳にするようになりました。「仕事が遅い」「なかなか連絡が取れない」等と言った批判については、「忙しい人」だから致し方ないのでは?と思っていたからです。なにせメルボルンでは唯一の日本人弁護士。彼を頼りに多くの人が相談してくる事も知っていましたし、その多忙さを嫌と言うほど見せつけられていましたから。「ホープコネクション」への彼に関わる相談もその辺りのクレームでは?と思っていたのですが、話を聞いていくうちにとんでもない事実を知ることになりました。実は、オーストラリアの弁護士会の名簿を調べたところ彼の名前が記載されていなかったというのです。どの団体の弁護士名簿を調べても彼の名前は無く、彼の経歴である「メルボルン大学法学部卒」と言う学歴や校友を辿っても彼の名前は出て来ないというのです。

そして、新たに別の事実も知る事となりました。それは、彼が自ら「弁護士」だと名乗っていた証拠がどこにも見つからなかったという事です。
新聞に紹介されていたのも、彼が自ら名乗ったのではなく新聞社側が勝手に「弁護士」と書いていたのであり、彼の連絡先は「弁護士事務所」。言葉で言ったか言わないか?は不明な点がありますが、彼が「弁護士」と偽った物的証拠がどれだけ探しても見つかりません。彼の虚構は周りの人間が「勝手に」作り上げてしまったもので、彼はそれを巧みに使って多くの人を騙していたのです。

事態は一気に急転しました。これまで自分たちが関わった人の中で彼にビザ手配を依頼していて影響が及んでいないか?など。時間が経つにつれて彼の嘘が暴かれ始め、全ては虚構のものだった事が判明しました。彼にビザ手配を依頼した人には最悪の結果が次々と知らされる事となりました。彼もいつの間にか雲隠れし、彼を雇っていた法律事務所も「通訳として雇っていただけで、彼が請けた仕事に就いては関係ない」となんとも白々しい言い訳を聞かされました。その法律事務所も後日、違法なビザ取得の援助を行っていたという事で業務停止処分を課せられていましたので、やっていた事は左程変りの無い「同じ穴のムジナ」だった訳です。
彼はメルボルンから姿を消して、暫くしてから彼の消息情報が日本に移って聞かされることになりました。東京や大阪で名前を変えて「国際弁護士」を名乗って同様の手口で詐欺行為を行っていると言う情報が、元被害者の方々から聞かされました。そして私達もその消息情報を歯痒い思いで聞いていました。「彼のお陰でどれだけの人が、夢と希望を打ち砕かれたか!」
そしてとうとう彼はお縄についた訳です。8年もの月日を彼は虚構の中で生きて続け、そしてやっと現実の世界での制裁を下される日が来たのです。
二度とこんな事が起こらないことを祈っています。

人知るや否や、児孫のために美田を買はず。

西郷さんが遺した家訓だそうです。
子孫のハングリー精神を養う為には無為に資産を残す必要はないっていう意味でしょう。下記のニュースは故人に無駄に美田(資産)があった為に問題になってしまったお話です。

■医師が任意後見契約、元患者女性の遺産数億円受け取る(読売新聞 - 01月29日 14:35)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=394336&media_id=20

この話、情報ソースが少ないのでどちらの言い分が正しいのか?と言う判断はできませんが文面だけを頼りに判断すると、遺産を受け取った医師家族は「研究費」の為に役立てると言っている訳ですし、遺書にも故人の遺産贈与の意思が明記されている模様。親族との疎遠が云々の話には感情論が入るので触れませんが、遺産としての扱い方に親族に不満があるのならば、「研究費」として寄与する名義に親族が名を連ねさせてもらえば良いのではないのか?って思います。もちろん、お金が欲しいと言う一念だけでの反発ならば解決には結びつかないでしょうけれど…。

今日はなんだか普通の日記っぽくなってしまいましたが、「留学」で絡ませて話しを進めさせて頂くと「留学」を終えて社会に出て、そして「成功」した後に自分の子供にどのような財産を与えようと思います?

私は、もし自分の子供が私の仕事を継ぎたいって思った時には、まず「留学」させようと思います。そして、「留学カウンセラー」としての道を自分で切り開いて貰いたいと思っています。自分と同じ苦労を経て、そして考えて答えを出して貰いたいと思っています。その為には他所の「留学エージェント」等で働いて貰って「外」からいろいろ学ぶのも大事じゃないかな?って考えています。「父親のやり方だけが教科書じゃない。」って思って欲しいんです。

まずは、可愛いが故に敢えて苦労が伴う「留学」をさせてあげたいと思います。
「留学手配?自分で調べて、自分が良いと思う方法でやってごらん?」って言ってあげられる様になりたいものです。

みなさんも「留学」で得た苦労があって現在があるのだと思います。現在の成功の礎には「留学」をした人自身が得た貴重な体験がある訳ですから、その素晴らしさは「留学」をした人が一番理解されていることかと思います。
一代で培った財産を物理的にそのまま自分の子供に明渡すのではなく、子供にも同じ体験を自らの体験を基に“効率的”に学ばせるって事も大事だと思います。その為には、今(又はこれから)の「留学」が、自分自身の子供に勧められるものなのか?と言う事も見つめ直してみても良いかも知れませんね。

留学エージェントとして起業するには

お陰さまで昨年の10月に設立した事業もどうにか年を越える事ができました。
3月に向けて確定申告、これが始めての確定申告となります。
収支は?と言うとお恥ずかしいばかりの結果とはなりましたが、新しい年度を迎えてよい結果を残して行きたいと思っています。

先週末、昨年から溜まっていた領収書等を整理していました。
領収書のほとんど郵送代。学生からの資料請求や学校への送付物です。特に学校への送付物の場合は国際郵便で送る為に結構な費用になっています。
その他には文具代や光熱費、通信費等。これらの経費を会計ソフトに入力して収支の一覧を作成していました。昨年1年の間にどんな事をやってきたのか?と言うのを収支一覧を見ながら振り返るには丁度良い機会です。

昨年に一念発起して「留学エージェント」として事業を開始しましたが、留学エージェントとして生業を行うには様々な準備を行いました。
広告活動としてのHPの作成から名刺の作成、取引先となる学校や団体と契約や登録を行うのが何よりも最初にやらなければいけなかったことです。
また、年々変化する留学事情についてのキャッチアップもしなければいけませんでした。学校自体の事やビザ関連の事、そしてオーストラリアで近年起こった出来事や事件、問題などを把握が必要になります。学生からは様々な角度や視点からの質問や問合せがあったりしますので、それらに対応できるように常に動向に注意を払っておかないと対応に遅れてしまう可能性があったからです。

さて、学校と契約を結ぶ事なのですが、これがいろいろと手間が掛かるものです。
これまでの実績や経緯から担当者との間に個人としての信頼関係はありますが、新規の留学エージェントとして登録をするには「実績」「事業計画」「信用」などを示す必要があります。
もちろん、事業を立ち上げたばかりの留学エージェントの場合は、それらの全てを充たす事は難しいのである程度の交渉を持って相手側に理解して頂くことになるのですが、「信用」として「オーストラリアの教育機関、もしくは団体に所属している人物」からのリファレンス(推薦人)が必要になります。その「推薦人」になってくれそうな知人や取引先などを探してお願いしたり、その後のフォローアップも怠ってはいけません。

そして、書類審査が終了すれば「契約書」にサインをして学校に送り届ける事になります。
「契約書」には法律に裏付けされた様々な条文があり、学校側、エージェント側の責任やESOS法 http://studyinaustralia.gov.au/Sia/ja/WhatToStudy/Vocation/ESOSFramework_pdf.pdf
についての理解確認などが記載されてあります。それらの記載を読んで、納得した上で署名を行って学校側に郵送する事になります。そしてその書類が受理されて始めて正式に「学校」の正規代理人(エージェント)として学校側に認可される運びになります。
学校との契約を得るにはこの様な手間が掛かる訳ですが、最近では誰でも彼でも留学エージェントとして登録する学校も少なくなってきており、面倒ではあっても契約書を送って来てくれるだけ「ありがたい」と思わないといけないかもしれません。

もちろん、日本国内の留学エージェントには、一つもオーストラリアの学校との間に「契約」を交わさずに「手配」を行っているところもあります。
これは、以前の日記にも触れましたが、既に学校との間に「契約」を持っている同業の留学エージェントへ学生の手配を委託する事で収益を得るスタイルであり、我々はその様な形で学生を送っている留学エージェントを「Sub Agent」と呼んでいます。
本契約を持っている留学エージェントが「Sub Agent」を持つこと自体は禁止されている訳ではありません。しかし、本契約を持っている留学エージェントが「Sub Agent」を適切に管理することは求められており、本契約を持っている留学エージェントが「Sub Agent」を有する場合は契約のある学校側にその存在を通知する事を求められます。
もちろん、「Sub Agent」として活動している「留学エージェント」のHPや広報媒体の何処にも「Sub Agent」として活動している事を言及する必要はなく、紹介(手配可能)学校 としてリストアップしていても差支えはありません。

これから「留学エージェント」として個人事業を行いたいと考えている方は、オーストラリア全ての学校との契約を結ぶ必要もなく、既に契約を持っている「留学エージェント」の
「Sub Agent」として契約を結んで事業を開始することも可能です。その場合は「利益供与」の問題は発生しますが、この業界で一人の力で経験を積むには良いかも知れません。

大学なのか専門学校なのか?

語学学校で英語を学んでいる最中の学生から、今後の進路について相談される事も少なくありません。
当初は「語学留学」で渡航して来たが、学校で様々な国籍の学生などから語学学校卒業後の進路についての話題が持ち上がるに連れて進学について興味を持ち始めたり、「自分だけが卒業後の進路が決まっていない(予定していない)」事に危機感を感じたりして相談しに来られる場合もあります。
「語学留学」だけで渡航してきた場合、「英語の習得」が最終目的として「留学」してきたものの、現地で受講できる様々な種類の講座を知ったり、クラスメート等が挙って進学する事で焦ってしまうのだと思います。

そこで、どこ(専門学校か大学)で何を(科目や専攻など)勉強したいのか?と具体的な話に及び時もあれば、まったく白紙から話を進める場合も少なくありません。
ある程度の進学する方向性が決まっている場合に問題になるのが、就学学位をどれ位にするか?と言う点です。簡単に言うと「専門学校」で学ぶか「大学・大学院」で学ぶか?と言う問題ですね。

日本人留学生に人気の高いプログラムとして挙げられるTourism(ツーリズム)やHospitality(ホスピタリティー)分野では、専門学校でも大学でも講座が開講されています。
では、同じ専攻であって専門学校と大学・大学院とではどう違うのか?と言った点を下記に簡単ではありますが説明させて頂こうかと思います。

まず、専門学校と大学・大学院とでの一般的な違いについて比較して説明します。

専門学校の長所と短所
長所)
・入学基準や条件が大学・大学院に比べて低い
・短期間(半年から)の就学に向いている
・実践的なカリキュラムを提供している

短所)
・学位が大学・大学院に比べると低い
・就学期間が短いと学習内容が大雑把になりがち

大学・大学院の長所と短所
長所)
・学位が専門学校に比べると高い
・学術的で且つ管理職に向けた講義内容が充実している
・選択科目の自由度が比較的高い

短所)
・入学基準や条件が専門学校に比べると高い
・大学の場合は就学期間が長い(通常3年?)

次に、講座の内容についてですが、Tourism&Hospitality共に専門学校では実践的なカリキュラムが中心に構成されており、初年度より接客対応や衛生管理と言った実践的な学習(Hospitality)や自動旅券発行システムの操作やガイディング(Tourism)などを行ないます。どちらかと言うと手に職を付ける目的が主な専門学校の場合は即戦力の育成を目指しているのに比べ、大学・大学院の場合は、上記の実践学習の他に初年度から商法や契約法と言った法律の学習や情報処理や統計などの調査、そしてビジネスを学問として捉えた理論学習が主要になり管理者育成を目指した内容が中心に組み込まれている点が特徴です。

専門学校でも大学・大学院でもTourism&Hospitality分野への就職には欠かせない内容を含まれておりますが、専門学校よりも大学の方が就学期間が長い分、より専門的で高度な内容を就学することになります。

ここで重要になるのが学生自身が「どのような立場」で働く事を希望するか?によって進路選択は大きく変わってくると考えられます。「現場の第一線で働きたい」のか「管理職として事業運営に携わりたい」のか?と言った希望によっても選択は異なって来るかと思います。
「学生」一人一人の留学予算や将来計画等を熟考して、自分に合った進路を決定して下さいね。

留学の歴史と現在

こちらはアメリカ留学ですが、こんな留学の形もあったりします。
なかやまきんに君 再び“筋肉留学”
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=390559&media_id=30

「留学」と言うのは、(名)その土地、特に外国へ行って、ある程度長い期間勉強すること。って辞書「大辞林 第二版」にあります。
留学の歴史を紐解くと、過去は遣隋使から始まり明治維新の頃までは官費留学生が主であり、その後第二次大戦後のフルブライト奨学生やロータリークラブの制度を利用して民間から留学を行なう機会も増えましたが、これらも「選ばれた人」のみができる特別なもので現在のように私費で留学を行なう事ができるようになったのは、変動相場制導入とプラザ合意によって円高が進んだ事と渡航手段の利便性も増えた事等が影響しています。
そしてバブル景気の頃には企業の研修制度の一環として盛んに利用された留学制度によって「留学」の敷居が徐々に低くなってきましたが、ワーキングホリデー制度の締結が「身近な留学」を決定的にさせた理由とも考えられます。

これまで、海外に中長期に渡って滞在する事を希望する場合、長期の観光ビザを取得するか学生ビザを取得するかの何れかの方法でしかありませんでした。
しかし、観光ビザの場合は現地での就労が禁止されており、学生ビザの場合は滞在期間中は学校に通わなければならないと言う条件が伴い、また共に膨大な資金が必要になります。
それらに比べてワーキングホリデービザは、1年の滞在期間中に現地での就労と就学共に一定期間可能で、年齢基準さえ満たしていれば比較的容易に取得できるビザなので、誰でもワーキングホリデー制度を利用して身近に「留学」を行なうことが可能になりました。
時を同じく日本国内の国際化が進み、外国人旅行者の増加や外資系企業の参入、海外へ事業展開を図る企業も増加して「語学力」や「国際感覚」に対する需要も高くなってきました。
そしてバブル経済崩壊後に襲ってきた就職難時代には、就職活動への有用性としての「語学力」や「国際感覚」を身に付けようと多くの日本人が「留学」を利用して海外に出る結果となりました。

最近では留学目的についても多様化しており、これまで「語学留学のみ」が主流であったものから専門的な技術の修得や趣味&習い事に近い留学など語学学習に付加価値を加えた目的で留学を希望する学生が増えてきています。その理由として、「身近な留学」が増加した事でこれまでの「留学」についてのイメージが大きく変化し従来よりも高い多様性や実用性が求められるまでに及んだと考えられます。
これまでの「留学」のイメージには「選ばれた人」が行なえるもの、または希少性のある「語学力」を有していると高い評価を得る事ができましたが、現在「身近な留学」を利用した「留学経験者」が増加することによって全体的に「留学」の中身を評価する傾向が強くなってきています。いわば、「語学力」や「海外生活経験」だけでは現在の就職活動等での決定的なセールスポイントにならず、語学力+αと言ったものを持たなくてはならなくなったと言う社会的背景が出てきたからです。

また、その対極の位置にある傾向として、個人の趣味を活かした留学や体験型の留学などといったタイプの「留学」分野も開拓されてきました。
フラワーアレンジメントやチョークアートと言った芸術系に属するものやゴルフ、テニス、サーフィン、乗馬等と言ったスポーツ系、ワイン、アロマセラピーなどの趣味や教養学習を目指した留学などです。もちろんこれらの講座であっても修学期間によっては高度な専門知識や技術を習得する事ができますが、多くのプログラムが「入門レベル」で完結する場合が多く嗜好の的としての「留学」であるのが特徴です。そして、これらの講座は「本場」「発祥の地」などと言ったオーストラリア現地で受講する付加価値を加味させる事で人気を得ています。
また、このような「留学」の形式は、一般的な留学年齢層だけでなく「団塊の世代」と言われる中高年層も狙った留学プログラムとして多様化が進んでいます。

そして、近年顕著として見られるのが「移住」を目的とした留学です。これまで、「留学」で得た技能や学位などを日本で活かす事が専らと考えられていましたが、最近では「オーストリア移住(永住)」に適した「留学」先を選ぶ学生が増えてきました。
オーストラリアは移民の国であるのは周知の事実です。現在でも数多くの移民を受け入れており、積極的に有能な人材を「移民」として受け入れる政府の意図も含まれています。
ワーキングホリデーや留学経験者がオーストラリアでの生活を体験し、留まり続けたいと希望する場合には新たにビザを取らなければいけません。
学生ビザを延長するか?ビジネス(就労)ビザを取得するか?それとも現地の異性と結ばれて結婚ビザを取得するか??様々な選択肢がありますが、学生ビザを選択する場合は授業料などの資金が必要です。ビジネスビザの取得を目指してもスポンサーとなる企業を見つけなければなりません。また、結婚ビザと言えども相手が必要と言う訳で、自らの意思だけで長期滞在を目指すのは難しいのが実情です。
しかし、オーストラリアの人材状況の中で不足している人材分野を補う技能や学位を持っている留学生に特別な査定基準を設けて「移住」を奨励する制度があり、それに向けて自らの力で「移民」を目指す「留学」を行なうケースが増えてきました。
移民に向けての「留学」に人気が高いのが、調理師、美容師、通訳、教師、看護師、会計士、IT技術者などですが、どれも人気の高い分野でありますが、需要の動向は変化していますので注意は必要です。
「移民」を目的とした留学の中には「海外就職」を視野に入れた学生も数多く、就労ビザを取得するには数多くの条件を乗り越えなければならないのに対して、「永住権」を取得していれば現地での就職活動に足枷になる「ビザ」の問題が解決され、就職活動への自由度も高くなると言った恩恵を活用できる点でも人気が高まってきている理由とも考えられます。「留学」後は日本に帰国すると言う目的の他に「現地に留まる」と言う選択肢も可能になってきました。

これまでのイメージとしての「留学」が、現在では様々な形へ発展していきました。今後も様々な形の「留学」が提供される事になると思います。未来にどんな「留学」の形ができるのか?楽しみですね。自分自身の希望や目的に合わせた「留学」が見つけて頂ければと思います。

「外こもり」認定間近のワーホリ?

【コラム】 最近増えているらしいです…「外こもり」って一体何だ?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=386770&media_id=29

昨日ブリスベンにある語学学校のスタッフより、日本で行なうマーケティング計画の近況について電話を頂いたので仕事の話をしつつ、いろいろ話をしていました。
「最近、日本人留学生の数が少なくなってきて困っているんです」と少々戸惑いを感じているご様子。
この時期、各語学学校で入れ替わりの時期に差し掛かっており、2月に進学を控えた学生が大勢卒業して語学学校全体の学生人数が落ち込む傾向があります。
また、日本の好景気の影響で「留学を控えて就職」と言う人やオーストラリア以外の英語圏への留学などに分散されて減少傾向になっており、日本人留学生の減少がどの学校においても頭の痛い話になっている様です。

オーストラリア留学に関わる統計を出しているAEI-AUSTRALIAN EDUCATION INTERNATIONAL http://aei.dest.gov.au/AEI/の調査では、全世界のオーストラリア留学生数が年々増加の一途を辿っているのに対し過去5年の期間において日本人留学生の数は2003年?2004年を頂点とし、その後2005年からは減少傾向になり2007年には日本人留学生の数が過去5年の中で最も減少した年となった事も表しています。

年間入学学生数(全ての就学レベル)
       2002   2003   2004   2005   2006   2007
Japan  17,219   19,318  19,915  18,902  17,644  15,941
総計    272,714   305,898  323,584  343,898   379,485  450,664
語学学校の年間入学学生数
Japan  8,240    9,109    9,085    8,027    7,182    6,507
総計   57,059   61,863   61,758   64,288   75,957   98,490

語学学校の日本人スタッフにとって、日本人学生の減少は死活問題です。下手をすると職を辞さなければいけなくなる可能性もあり切実です。

その悩みに追い討ちをかけるように、「最近のワーホリの様子が数年前と比べて違ってきてるんです。」とちょと気になる話を伺いました。
最近のワーホリの傾向として、語学学校での英語学習を極力抑えて、その後は特に目的を持たずに1年を過ごすと言う傾向があるらしいのです。
「語学学校卒業後はどうする予定なの?」と尋ねられて、「お金が無いから日本食レストランとかでバイトをしてお金を稼ぐ。」と言うのは従来のワーホリでもありました。
しかし、従来のワーホリの場合は、資金を貯めてラウンド(オーストラリア一周の旅)したいとか、ファームステイをする、または再び学校に通うなどと言った目的があってバイトに汗水垂らしているケースが多かったみたいなのですが、近頃は「ファームステイしたい」とか今後の目的を語るらしいのですが、具体的に情報収集を行なうと言う動きが見られずに、市内に配布されている日本語情報誌などのフリーペーパーを手にすることもないと言うらしいのです。
ただ、惰性のままにワーホリ生活を行なっているように見えるのだとか。

最近は、月末になっても市内に配布されているフリーペーパーの残りがあちこちで見られるようになったそうです。日本語のフリーペーパーは、現地で生活している日本人にとっては貴重な情報源。バイト探しやピッキング(ファームステイ)情報、学校情報や旅行情報などが満載で、これからの生活にどのように情報を活かしていこうか?と胸をときめさせながら読んでいたもので、発行日が待ち遠しくてたまらなかった思い出があります。
私が情報誌の発行に携わっていた時は、発行日の数日後には品切れになってあちこちに補充して回ったこともあったのに…。(余計な話でしたね?)

で、懸念されているワーホリ達が語学学校が終わった後に何をやっているのか?と言うと、適当にアルバイトしながらブラブラしているって感じらしいのです。
今話題の言葉になりつつある、いわゆる「外こもり」の定義にあてはまるような行動形態と指摘される日も近いのでは?とちょとした危惧を感じます。
もちろん、全てのワーホリがそのような「外こもり」な生活を行なっている訳ではありませんが、メディアの情報操作って言うか、烙印押しの今後の影響を考えると少し怖いです。
確かに昔からこのような「外こもり」的なワーホリ生活を営んでいる人もいましたが、私の印象としては「自由を謳歌している」って感じだったのですが…。
なんでもかんでも現代の社会問題用語の枠組みに当てはめるのも「なんだか…?」って気もしない訳ではありませんが、言われてみれば「そうなのかな?」と思うところもあったりで、心境としては複雑な感じです。
こちら記事では、東南アジア諸国での「外こもり」について記載されていましたが、オーストラリアやカナダのワーホリも「外こもり」認定されてしまう日が近いのかもしれません。

学生との関係

先日は「学校との関係」について書きましたが、今日は「学生との関係」について綴ろうと思います。
「留学エージェント」にとって学生は「お客様」にあたりますが、「お客様」と言えども「学生」に変わりありません。
どういう事か?と言いますと、「学生=お客」は学校情報や留学についてのアドバイスを求めて「留学カウンセラー」に相談をしに来る訳ですから、教えを請いに来た「学生」である訳なんですよね。両者は非常に微妙な関係のバランスの上に立っています。その関係を維持させているのは信頼関係と指導力なのだと考えます。

この仕事をしているといろいろなタイプの学生と出会います。留学について完全に真っ白な状態から相談してくる人、ある程度具体的な考えがまとまって相談する人、なかにはとんでもない条件を出して相談してくる人等など。
白紙から始まる人には、留学の「り」から説明しなければいけませんし、具体的な相談については的を得た回答をしなけれないけません。
学生は「知らないから」相談してくる訳で、知っていたらわざわざ「留学エージェント」に相談してくることなんてありません。それこそ自分で手配をやっちゃいます。
ただし、時として「留学カウンセラー」の持つ知識よりも上回った学生が相談してくる時なんて事もあります。
学生が既に充分に希望学校についてのリサーチを行なっており、そこで得た情報の確認を「留学エージェント」に振って来る場合です。大学や大学院などでの問合せで多いです。
そう言う場合、学生が狭囲で得た情報について感心しながらも、留学手配全般に渡る広囲での入学手続き手配やビザ取得までのプロセス、現地情報等については「留学カウンセラー」の方が断然「一日の長がある」のですから臆せずに対応しなければいけません。
学生はお客様との2面性を持っているが故に、時として「留学カウンセラー」との形勢が逆転してしまう場合があります。

「お客様からの質問だから答えなければいけない」と思ったのでしょう。一生懸命に苦労して調べたり確認しているうちに学生側にイニシアティブを奪われてしまい、学生の言い成りになってしまっている留学カウンセラーがいました。「あれを調べてほしい、これを聞いて欲しい」等の質問に必死になって対応しています。
ある日、そのカウンセラーに届いた学生からの質問の内容を拝見させて貰ったら、どうでもいいような質問でした。

「語学学校にあるパソコンの台数と使用されているOSの種類を教えて下さい」って…?えぇ?

この質問が果たして語学学校の選定に重要な質問内容なのか?と思うと疑問です。
同様の質問が、ITやデザイン系の専門学校に進学を希望している学生からあれば、使用しているOSの種類(WindowsなのかMacなのか)やパソコンのスペック(CPUとメモリー)、導入されているソフトウェアーについて調べる必要性があると思います。しかし、語学学校には関係の無い話です。
質問してきた学生本人にとって「語学学校にあるパソコンの情報は大事」だったかもしれませんが、「何故大事なのか」と言う点を掘り下げて聞く事も「留学カウンセラー」にとって必要な対応です。

そこで担当する留学カウンセラーから学生へ「なぜ語学学校にあるパソコンの情報が必要なのか?」と逆に質問を投げさせました。学生の返事に合理性がある場合ならば調べる必要があるでしょうけど、普通は考えられないと思ったからです。
すると「学校で自由にメールのチェックができるかが心配だったのと自分が使っているOSと同じかどうか知りたかった」って言う内容の返事が来ました。
それならば調べるまでも無く「留学カウンセラー」として語学学校でのインターネット利用の状況を知っていれば悩まずに返事ができる内容です。

・ほとんどの語学学校では、休み時間や放課後に自由にPCを利用する事ができるし利用人数が多い時には「予約制」を取って確実に利用することができる。
・OSは学校によってそれぞれだが基本的に全てのOSが英語環境。日本語は使えない。(OSの種類に拘るようならば学校へ電話一本掛けて聞くだけで解決。3分掛かりません。)
・どうしても日本語でメールチェックしたいのならば、街にあるインターネットカフェや日本人向けサポートセンターで利用できる。

以上のような内容を踏まえて返事をすれば、わざわざ語学学校にあるPCの数を全て数える必要は無く、その上学生の質問の本質を知る事ができた訳です。
おまけに街にある日本語利用可能なインターネットカフェについても情報を提供してあげれば、本来の質問に+αの回答をして差し上げた事になります。
最初の質問に真面目に答えていたら、その後どんな展開になっていたのだろうか??と少しゾッとします。

質問したい内容を上手く表現できずに変な質問をしちゃうって事はよくあります。メールでの交信だと余計にそう思えます。
もちろん、学生からの質問に答えることは「留学カウンセラー」として大切な仕事ですが、学生が尋ねる質問の「意味」を探ってあげる事で学生が抱いている不安とかをいち早く払拭してあげる事ができます。その積み重ねを通じて学生に信頼を置かれる「留学カウンセラー」として認められる事になるんだと思います。
学生と良好な関係を維持できるように日夜努力ですね。自戒も含めてですが…。

学校との関係

オーストラリア全土には220校もの語学学校があるんです。その他にも87校のTAFEや大小含めた専門学校があります。因みに大学は40校。
これら全ての学校を漏らさず把握できているか?と言うと、そうではありません。
語学学校を別として留学生の受入を行なっていない学校もあれば、日本人留学生獲得に興味を抱いていない学校もあります。また、既に多数の留学エージェント等との契約がある為にそれ以上エージェントの数を増やしたくないと言う思惑で新規のエージェント獲得を考えていない学校もあります。
学校とエージェントとの関係は、ビジネスの上で成り立っています。言わば「学生を送ってなんぼ」の世界です。

各学校には、マーケティングスタッフがいて留学生獲得に向けた活動を行なっています。規模の小さな学校の場合は校長自らがマーケティング活動を行なっている場合もありますが、キャンペーン情報や新規開講講座の案内、学校情報のアップデート(国籍比率の情報や授業料などの改編など)を定期的にエージェントに連絡をしてくれます。我々「留学カウンセラー」はそれらの情報を元にウェブサイトや広告媒体に掲載したり、カウンセリングで学生に案内を行なったりしています。
もちろん、学生からの問合せ内容で直接学校に尋ねないといけない事や手配を行なった学生から寄せられた苦情などについての窓口としてマーケティングスタッフが対応してくれます。学生を多く送るようになると自然と学校のマーケティングスタッフにコンタクトをする機会も増えますので、いつの間にか仲がよくなったり、率直な意見交換が行なえるようになります。学校とのパイプが太くなることで結果として学生が恩恵を受ける事もある訳です。

マーケティングスタッフは、留学生獲得のためのアイディアを求めてエージェントに相談しに来ることもあります。

「どうすれば学生を一人でも多く増やす事ができるか?」と。

需要のある講座の調査や人気校の分析、自校のサービス内容の見直しや学校環境の整備などの話しから「日本人に需要のある特別プログラム」の企画などに及ぶ時もあります。また、在校生からのフィードバックや過去にあった苦情の改善状況を確認する等で在校生が満足度を高める働きもあります。
学校側から見ても多くの学生を送ってくれる留学エージェントは「お得意様」なので、そこからの注文や提案については格別の注意を払う事も少なくありませんし、留学エージェント側も学校が真摯な対応を行なってくれれば、次も新しく学生を紹介する事に躊躇はありません。
学校と留学エージェントとの良好な関係を基に積み重ねられた「よりベターなサービス」を提供する試みへの取り組みが学校と留学エージェント、そして学生の3者が笑う(英語だとWin Win Win)の構図になり、留学業界を盛り立てる形になる訳ですね。

留学カウンセラーになるには?

「留学カウンセラー」と言う仕事に憧れを持つ人も、この仕事の認知度が高くなるようになるにつれて増えてきました。前職で「留学カウンセラーになりたい」と希望して履歴書を持って来る人も増えて来て、求人広告を出した途端に問合せが殺到する事もありました。もちろん、根っから「留学カウンセラー」を目指して応募してくる人もいれば、オーストラリア現地で日本語が使えて安定した仕事だからと言った理由で応募してくる人もいたりで、「留学カウンセラー」職に応募してくるには様々な要因が背景にあるのは否定できません。

以前の日記にも少し触れましたが、「留学カウンセラー」になることは簡単です。語学学校だけの留学カウンセラーならば数日トレーニングを積めば、後は接客対応さえ間違えない限り普通にできる仕事です。もちろん、「留学カウンセラー」になる為に必要な試験もありませんし認可制度もありません。言わば、誰でも「留学カウンセラー」として明日にでも看板を掲げることができる仕事なんです。しかし、近年になって日本とオーストラリアの両国で「留学カウンセラー」としてのクオリティーの向上とコンプライアンスに対する啓蒙活動が活発化しており、日本でも幾つかの民間認可団体が独自の基準を設けて「留学カウンセラー資格」の認定を行なっています。オーストラリア国内でも政府認定の「留学カウンセラー資格」を発給する事になりましたが、必要資格と言った法的な実効力はありません。

私もこれまでに何人もの「留学カウンセラー」を育成する為に研修に立ち会いましたが、「留学カウンセラー」にとって大事な事は?と言うお題で話をする時、当然ながら留学に関わる知識や経験を積む事も大事ですし守らなければいけない法律や知っておかなければいけない制度についての理解も必要になりますが、何よりも大切な事が「学生の不利益になるようなカウンセリングはしてはいけない」って事です。「留学カウンセラー」ってボランティア活動じゃありませんので儲けが無ければ飢え死にしちゃいます。この場合、儲けると言うのはカウンセリングを通じて学生を学校に送る事なのですが、学生の希望を聞きつつも学生を送る学校を選定しなければいけません。学生の希望を理解して「最も希望に沿った適切な学校」へ手配する一面がありますが、その別の一面で「収益に繋がる学校」へ送ることも忘れてはいけません。時間を掛けて学生の希望を聞いても、その学生が留学代理店への収益が得られない学校に入学する手助けをしてしまっては一文の得にもならないわけです。

「留学カウンセラー」は学生と経営者の両者との板挟みに合う事も多々あり、利益追求と倫理観との究極の選択を迫られる時もあるかもしれませんが、その時こそ学生の不利益を招くようなカウンセリングだけはしてはいけないと指導していました。実を言うと、そう言うケースの場合でも他社のエージェントさんで手配が可能な場合もあるので、そちらに依頼するって事もできるんですよね。もちろん、利益供与は必要になりますが「儲けが無いよりまし」と言う事で納得しなきゃダメ。同業他社でも横の繋がりってのはビジネス上大事です。

もし、学生の意に反して留学先を変更させた場合、一時の利益は得る事ができるかもしれません。でも、学生自身が納得できない進路選択となった場合に学習内容に問題が発生したり、講座に不満を感じた際の怒りの矛先は何処に向うのか?それは「留学カウンセラー」自身に向く訳です。それが留学代理店へ向けての悪い評判に繋がり一時の利益を求めた為の代償を支払う事になるんだ。と諭しています。

オーストラリア現地で働いていた時にも、留学代理店を通じて手配をしていた学生が「言っていた話と全然違う」とか「案内が不充分だった」、中には「なんだかわからないけど無理やりに近い形で申し込みをさせられた」と言った理由等で学校を変えたいと相談をしてくる場合がありました。もちろん「学生がサービスについての確認」を怠っていたり、「案内を勝手に解釈」しちゃっている場合もありますが、だいたいその様な場合「留学カウンセラー」自身への不信感が積もり積もって爆発したと思えるケースなんです。考えても見れば、現地で不都合があれば手配をして貰った際に担当した「留学カウンセラー」に相談をするもの、それが普通です。でも、学生を担当した「留学カウンセラー」に相談しないと言う意思表示の時点で信頼関係が崩れてしまっていると言えるのです。信頼関係が崩れた理由と言うのが、恐らく「留学カウンセラー」が「留学販売員」になっちゃったからなんだと思います。「商品を売ってしまえば後はなし、ハイ、さようなら?」って感じで売っていたり、営業ノルマが課せられているから次から次へと学生の対応を迫られてケアーが不充分だったりと、いろいろ事情はあるかと思います。でも「留学カウンセラー」と名称を掲げるのならば、自身がが紹介した学校やカウンセリングで話した言葉に責任を持って最後まで面倒をみる気持ちが重要です。そして、学生にいつまでも頼られる存在になる事を目指すのが大切なんだと考えます。

「留学カウンセラー」にとっては数多くいる学生の中の一人なのかも知れませんが、留学を決めた学生にとってはたった一人の「留学カウンセラー」です。これから「留学カウンセラー」を目指す人もいるかもしれませんが、くれぐれも「留学販売員」にはならないように気をつけて欲しいなって思います。

ワーホリ一日目の憂鬱

あの頃は若かった…」と遠い目をしながらボツボツと語り始める回想録って感じですが、私のワーホリ第一日目の体験は今でもよく覚えています。
「トラベル英会話」を読んで、これからの英語生活に備えていたけど、オーストラリアに到着した直後から「???」な事ばかり。全然喋れないし聞き取れなくていきなり凹んでしまいました。凹みを通り越して軽い鬱になってしまった程です。
私を迎えに来てくれる友人との待ち合わせ場所までの行先を尋ねても「何度も何度も繰り返して」説明してくれるオージーに感謝を通り越して申し訳ない気持ちで一杯になり「英語社会へ飛び込んだら、英語力なんて自然に身につくさぁ?」と言う甘い気持ちが一瞬にして吹っ飛びました。
日本出発前にオーストラリアの友人に電話で待ち合わせ場所への行き方を聞いていたが、「空港からスカイバスに乗ってフリンダース通り駅で降りて、そこから「グレンウェーバリー線の電車に乗ったらマウントウエェーバリー駅へ着くよ。」って『日本語』で説明してくれた事だけを頼りにしていたのだけど、英語で聞いておけば良かった…。

まず、スカイバスの乗り方がわからない。チケットはどう買うの?券売のおばさんに聞いたら返す言葉で「シングルかリターンか?」って聞かれて、「シングル=独身?」&「リターン=???」って発想になってパニックに陥る。その後スカイバスに乗り込んだら、いきなり運転手から質問されて二度目のパニックに。今思えば「どこの停留所(駅やホテル)で降りるんだ?」って聞かれたと思うけどそれさえ理解できず、おまけに「フリンダース」とも言えずに「ステーション」の言葉を連呼。
徐々に不安が強くなりながらも、バスが駅に到着したので足早に下車して長旅で疲れた身体と重いスーツケースと一杯に膨れあがった手さげカバンを手に駅構内へ。駅構内は思ったより閑散としている事に気がつく。「ガイドブックにはフリンダースストリート駅はメルボルンの玄関口」って書いてあったのに、「どうして人が少ないの??」「今日は日曜日だから??」って勝手に解釈して駅の券売へ向かって再び英会語との格闘に備える。一応バスでの移動中にさっきの反省を元に「チケットを買う時の英作文」を暗記してけれど、実際にオージーが目の前にいると言葉が出てこない。言う台詞が全然違う言葉になってしまっていたような気がする。ここでもなんとかチケットを買った時に駅員が「フリンダース駅へ行って乗り換えろ」って言っている。「ここはフリンダース駅じゃないのか??」と頭が混乱してきた。周りを見渡せば駅名のプレートが小汚い壁に掲げられていた。そこは「スペンサーストリート駅」で主に貨物など扱う駅で乗降客はほとんど無い所らしい。バスから駅らしい建物が見えたものだから、慌てて降りてしまったのが失敗の始まりだった訳だ。
(今はスペンサーストリート駅は大改築を行なって新しい駅になっているが、当時は閑散とした殺風景な駅でした)

とりあえずフリンダース駅まで向かう事にしたのだが、なかなか電車が来ない。十数分待ってやっと来た電車に乗り込もうとするが、電車の扉が開かない!!意表を突かれて放心状態で突っ立っていると、車内にいた人がわざわざ扉を開けてくれた。「どうやらこの扉は壊れているらしい」と納得させて、扉を開けてくれた人に礼を言いつつ電車に乗り込んだ。フリンダース駅で乗客全員が下車する様子で、自動で開かない扉を手で開いて降りるオージーの後ろから下車してホームに降りる。ホームにはグレンウェーバリー行きの電車が来る事をTVモニターの行先案内板が伝えているのでベンチに腰を掛けて待つ事にする。扉の開かない落書きで汚れた電車を見送り、再び「トラベル英会話」を取り出して英語の復習に集中していると意外にも早く電車が来たので乗り込もうとするが、またまた扉が開かない!荷物を置いて、恐る恐る手で扉をスライドさせてみると扉が開くじゃないか?!荷物を持って乗込もうとしたら、「ピーッピッピッピー」と警報音が鳴って扉が閉まろうとするので飛び乗ってひと段落。「やばいやばい、でもこれで後は待ち合わせの駅につくまでか・・・」と安堵の息を吐きながら再々度「トラベル英会話」に目を落とす事に。そして軽く眠ってしまった。

どれくらい時間が経っただろうか?ふと車窓からの光景を見ると住宅地が広がる光景が続いている。止まった駅名の名前を見てみると、自分が乗っている筈のグレンウェーバリー線上に無い駅名だった事に気づく。…と言う事は俺は電車に間違って乗ってしまったのか?車内で次の停車駅案内が無いから、今どこにいるのかさえもわからない。日本だと当たり前の停車駅案内がオーストラリアではない。焦りながらも車内に掲示してある路線図みつけて先程に見た駅名を路線図の中から探し出す。すると違う路線に乗っていたみたいなので大慌てて次の駅で降りて引き返す事に決める。次の駅に到着したので逆方向のプラットホームに移動しようと周りを見渡してガックリ。隣のホームに移動する為には線路をまたぐ様に架かっている橋を渡らなければならず、スーツケースと両手に荷物を抱えている俺には重ねての精神的&肉体的ダメージ。
もう、「待ち合わせの時間をとっくに過ぎているから心配しているだろうな?」って思い、友達に連絡しなければと公衆電話を探していると頑丈そうに鉄柵で囲まれた自動販売機の横に公衆電話があったので電話をする事にした。電話には友人の母親が出たのだが、友人が出ると思い込んでいたので何を喋ったら良いか頭の中が真っ白になった。とりあえず、拙い英語で「遅れる」事だけは伝わったと思う。

電車が到着したのでフリンダース駅まで戻り、今度こそ「グレンウェーバリー行き」の電車に乗込もうとホームにある行き先案内TVと睨めっこ。TVモニターには、グレンウェーバリー線と違う行先の線とが交互に表示されている。今思えば、間違えて乗った路線はリリーデール(Lilydale)行きかバェルグレーブ(Belgrave)行きのどっちかだったかよく覚えていないが、何故TVモニターの表示と行先が違っていたのか?と言う理由までは理解できない。でも、その後の経験として「オーストラリアじゃ、よくあることの一つ」と納得する事になった。

やっとのやっとで目的のマウントウェーバリー駅に到着。その頃には完全に疲れ切っており、改めて友人宅に電話をして到着した事を伝えると駅のベンチにへたり込んでしまった。30分程してから友達が迎えに来てくれた。これまでの経緯を説明しようと思ったが、なんだか格好悪かったので「電車を間違えた」としか話せなかった。友人宅までバスに乗って向う道中も無言になってしまう。日本語が通じる相手なのに話す気力も失ってしまった。

家に到着して、私を家族で迎えてくれたのだが余りきちんと挨拶ができなかったと思う。いろいろ話しをしたかったが、その気持ちよりも疲労の方が断然勝っていた。部屋に通されてベットに横になったら夜まで眠ってしまった。それ位に疲れきってしまっていたんだと思う。夜中に目が覚めて、そこが日本から遠く離れた違う国の部屋だったと気が付いて悲しくなってしまった。二十歳を超えた男が部屋で一人涙してしまった。

それがこの私のオーストラリア第一日目の経験。今から11年も昔のお話。
現地生活に慣れてきたら「あたり前」な事で、こんな事で右往左往しちゃって…って思うような事。でも、初めての時の経験って「箸が転んでも一大事」な訳なんだよね。

留学カウンセラーになった訳

最近では「留学エージェント」って言葉をネットで検索すると幾らでも出てくるし、現地の学校情報や留学情報なども簡単に見つける事ができる便利な時代。
でも、私がオーストラリアへ行った時にはインターネットも今ほど全然普及していませんでしたし、携帯電話からメールを打つ事なんて考えれなかったんです。その頃日本でも携帯電話が普及し始めましたが、プライベートで持つのは「ポケベル」位しかなかった。(涙)メッセージなんて数字でしか送れないから「084」って書いて「おはよう」って読ませたり…。そんな時代だったんだよ。
話が脱線してしまいましたけど、私自身は元々「留学カウンセラー」になろうと思ってなった訳ではなくて、目の前にある自分の役目を果していたら、いつの間にか「留学カウンセラー」になっていた。って言うちょと変わった経緯です。

「留学カウンセラー」「留学エージェント」または「留学代理店」って言う仕事は、この10数年の間に一気に拡大した業種でそれまでは一部の旅行代理店を通じて入学手続きを依頼するか、留学を扱う代理店を通じてかなりの手数料を支払って「有料」で行なうのが当たり前でした。
入学手続き代行手数料と言っても、当時は「10万円から‥」ってのが当たり前。高い所だと「30万円以上」もする所もあったり。私の場合、10週間程度の語学学校へ通うのに10数万円の手数料を支払う予算も無く、仕方が無いから自分で学校を探して手続きをする事になったんです。

その頃の学校の探し方と言っても本当に手探り状態。今ほど情報が溢れている訳でもなく、英語のイエローページ(タウンページみたいな職業別の電話帳)に記載されている語学学校の住所を控えて地図を片手に訪問したり、今では街に溢れている「日本人向けの情報センター」がなかったので領事館や日本食材店へ行ったりして日本人を見つけたら話しかけて語学学校の話しを聞いてみたり…。学校を決めても入学手続きの手順がわからないから、願書を書いたら即学校へ行ってその場で説明を受けたりしての悪戦苦闘を繰り返して入学手続きを済ませました。
でも、当時は「自分でやる」のが当たり前だと思っていたので、語学学校で出会ったクラスメイトが代理店を通して留学しているって事を聞いて「お金掛けているんだなぁ…」って感心したり、クラスメイトが支払った手配料の額を聞いて驚いたり。

その後語学学校を無事に卒業する頃にアルバイトを探すようになって、偶然に前に勤めていた会社のボスと出会いました。ボスはメルボルンで日本人向けの情報誌を発行する個人事業を行っていて、メルボルン市内で日本人が集まって情報交換ができる施設を作りたいと活動されていたので、その活動に興味を持ってお手伝いを始めたのがこの世界(留学カウンセラーとして働く)に入るきっかけです。ワーホリ生活に慣れて友達が増えてくると自分と同じ経験をしている到着直後のワーホリにアドバイスをしてあげたり、学校の手続きについて相談にのっている間に得た知識や経験などもあって、すぐにこの仕事に馴染む事ができました。当時は、私を含めて「お金が無いから現地で学校を探す」と言う無謀?なプランで来る人も多く、無料で学校の手配を行なう留学代理店もなかったのもあって、事務所には多くの人が口コミなどで集まって来るようになりました。

しかし、学生から手数料を貰わないと言うことは、学校からお金を貰わないとビジネスがやっていけないのが事実です。その為には学生からの多様な希望に合致させる為にも紹介できる学校の数を増やしていく必要が発生します。インターネットの普及や留学関連の情報誌などの媒体が増えて語学学校についての情報があふれて来た頃には「A校とB校とはどう違の?」って言った具体的な質問も増えはじめ、学校情報の比較を元に学校選びをするケースが多くなってきました。
語学学校選びの極論を言えば「英語を学ぶと言う本来の目的から言えば何処の語学学校へ行っても同じ」と言えるのですが、学校の立地や授業料、日本人数など目に見えて比較できる情報から取捨選択できる条件を提示してあげて学生が納得して学校を選ぶ手助けと根拠付けが必要になります。

年を重ねるにつれて語学学校だけではなく専門学校や大学などの高度な質問も増え始め、学校の知識だけではなくオーストラリアの教育制度やビザに関わる知識なども必要になりました。正直言って、「語学学校だけの紹介なら誰でもできる」ものです。語学学校に通ったことのあるワーホリ経験者や留学経験者ならば、少々英語力があれば語学学校の紹介や手配はできちゃいます。かつての自分がそうだったように。
でも、専門学校や大学の手配となると一定以上の知識が必要になりますし覚える事も沢山あります。また、「人生を左右する決断」に関わる仕事なので、語学学校の紹介とは重みが全然違ってきます。何処の学校にどんな学科があるのか?と言った専門学校や大学別での知識から長期的な留学プランニングの提案やオーストラリアの教育制度についても理解が必要す。
しかも、専門学校や大学へのカウンセリングと言うのは非常に時間の掛かるものでじっくりと腰を据えて学生と向き合わないといけません。語学留学のように短期間の話ではなく、2年?4年と言った長期間の留学になので慎重に且つ丁寧に対応しなければならず、根気の要る息の長い仕事になります。

「人生を賭けた選択」の意思決定の携わる事へのプレッシャーに耐えながら、手間と時間を掛けた留学カウンセリングを通じて、無事に留学が終わって達成感に満ちた学生を見た時。この仕事やってて良かった。って思える時でもありますし、気が付けばいつの間にか「留学カウンセラー」と言う肩書きを背負ったこの自分が人の役に立っていると思える実感を得る時でもあります。
この仕事、しんどいですけど楽しいですよ。

オーストラリアへ向かうきっかけと阪神淡路大震災

「どうしてオーストラリアへ来たのですか?」長年この仕事をしていると質問される事がよくありました。
お恥ずかしい話だが、正直オーストラリアへ行く事に海外で起業して成功させると言った「大きな夢」もなければ、語学をマスターするんだと言った「志」もなく、普通にワーキングホリデーだった訳です。1年間を適当に遊んで学んで、適当に働いて旅行して、そして適当に帰ろうってつもりでした。

その頃大学では、就職活動でリクルートスーツに身を包んだ同級生を横目で見ながら、バブルが弾け就職氷河期が目前に迫ってきている危機感を募らせている中で「自分がやりたいこと」に今ひとつ確信が持てずフワフワとした状態で毎日を過ごしていました。
「就職しちゃったら、海外で生活する事なんてできないよなぁ…?」と思いつつ、ちょとした縁で知り合ったオーストラリア人留学生がメルボルン出身だったと言うだけでワーキングホリデー制度を利用して1年間オーストラリアで生活してみよう。と安直な気持ちで決めちゃった訳なんです。良い意味で言うと「自分探し」、悪い意味で言うと「現実逃避」。

海外で1年間生活をするにはお金が掛かります。ワーキングホリデービザを取得するには1年間生活するのに必要な資金を提示しなければいけないと言う事で、手っ取り早くお金を稼ぐ方法として道路工事のアルバイトをはじめました。道路工事のアルバイト自体は、父親が土建屋に関わりがあったので学生時代の長期休みの際にちょくちょくやらせて貰っていたのですが、本格的に始めたのは渡航を決めた時でした。

今年で阪神淡路大震災から13年目を迎えましたが、オーストラリア渡航を決めた時期と重なって震災が起こりました。
震災直後は、災害復興の事業としてインフラ整備に早急に取り組まなければならず、道路工事による交通機関の復旧は最重要事業として昼夜を通して突貫工事が行なわれていました。2?3日徹夜で仕事をしていても元気な大学生だったですから、時間があれば現場に入って大学卒業後も暫くはアルバイトをして生活費を実家に入れ、泥と油まみれになりながら渡航資金を貯めていました。1年近くで渡航資金の目安である100万円以上の貯金ができた頃に航空券の手配やビザの手配などを行い1996年の9月にメルボルンに向けて出発する事になりました。

道路工事のアルバイトをした理由は、「お金が手っ取り早く稼げるら。」と言った理由だけではなく、こんな言い方をすると語弊があるかもしれませんが、「土方(どかた)仕事を経験すれば、あとはどんな仕事でもできる」って考えもあった訳です。学歴も年齢も関係なく、一緒に働いた人には「得体の知れない怪しい人」もいて、社会の底を見ることができました。もちろん、怪しい人に昔話を聞くなんて事は御法度。
工事現場には「過去」はなく「今だけ」に生きている人が沢山いました。

道路工事に騒音は付きもの。普段は住宅街で道路工事をやっていると騒音公害って感じで一部の周辺住民の方から「冷たい目」でみられたり、中には苦情を言い出してくる人も少なくありません。「うるさい。他でやってくれ!」って怒鳴りに来る人もいましたけど、「ここが現場なんだから、他でやれって言われてもねぇ??」
でも、震災復旧工事の時は違っていました。一日でも早くライフラインを復旧させる事が先決だったので、「騒音公害」とか言ってられない状態だった訳です。工事現場周辺の住民の方々も必要性を理解して頂いているようで、現場の労働者に麦茶を差し入れして下さったりお菓子をだして下さった所もありました。
「大変ですね?お疲れ様です。」って労いの言葉も頂いた事もありました。近隣住民の皆さんのご厚意を感じながら「本当に求めらる仕事」には尊卑は無いんだな。って実感した訳です。

この経験は、オーストラリアに渡航する前にとても勉強になりました。
これから真っ更で何も無い一個人で見知らぬ土地で生活する上での度胸がついたとも言えますし、「本質を見る目」を開かせてくれた事は、その後「留学カウンセラー」として仕事をする上でも影響があったと言っても過言ではないと思います。
今年で震災から13年目。復興を遂げた神戸や長田辺りの風景がTVで映し出されると、あの当時の出来事が思い出されます。

今日の留学エージェント日記(起稿)

今回が初の日記。「ミクシーすると良いよ」って元同僚から薦められてアカウントを作っちゃいました。

「KALEIDO留学サービス」って名称で留学代理店活動をやってます。昨年の10月に創業した新しい代理店ですが、これまで培ってきた留学エージェントとしての経験を活かして、個人事業主として活動している内容をこの日記を綴る事にします。

毎日どんな事やっているの?オーストラリアで生活していた頃の思い出、留学エージェントとしての経験談とか、現地の人から聞かせて貰ったお得な情報とか…。公開できる範囲内で「知っている人」だけにお伝えしていきたいと思います。

theme : ブログはじめました
genre : 日記

プロフィール

KALEIDO留学サービス

Author:KALEIDO留学サービス
大西 輝彦(KALEIDO留学サービス代表)
(1972年8月31日 大阪生まれ A型)
◆NPO留学協会 関西事務局 副代表
◆オーストラリア政府教育情報センター・EATC認定留学カウンセラー
◆RCA海外留学アドバイザー

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